あの馬を忘れない

快速馬     by がりー
彼の名前に個性はない。
父の名前の一部に馬主の冠名を加えただけ。
サイレンススズカ
しかし、”絶対的な能力”を個性と呼ぶことが出来るのであれば、
彼には強烈な個性があった。

彼の存在を初めて意識したのは弥生賞だった。
新馬戦を快勝して臨んだ2戦目が、
皐月賞への優先出走権を得られる伝統ある重賞、G2弥生賞。
そんないきなりの重賞挑戦でも彼は2番人気に支持される
レース前からその経験の少なさを不安視する声はあった。
それがもろにレースで出た。
発馬前にはゲート内で騎手を落とし、さらにゲートをくぐった。
そして仕切り直しのスタートでは出遅れた。
いや、この表現は正しくないかもしれない。
ワンテンポの出遅れとかではなく、彼はスタートしなかったのだ。
結果、着差は1.5秒。
この事実を今更検証しても意味はない。
しかし私の心には強烈に彼の名前が焼きついた。

彼はその後、自己条件の500万下をあっさり勝ち、
続くプリンシパルSにも勝ってダービーの出走権を得る。
ダービーは6着に終わったが、秋には神戸新聞杯で2着した後、
3歳で秋の天皇賞に出走して6着し、その持っている能力の片鱗を示す。
そして翌年、
彼は香港遠征を境に真価を発揮し始めた。
武豊という稀代の天才ジョッキーをその背に乗せた彼は、
絶対的なスピード能力の違いを武器に、
逃げというよりも自分のペースで先頭を突き進んで勝利を重ねる。
G2金鯱賞では今も残る中京競馬場2000mのレコードタイム1.57.8で駆け抜け、
G1馬を含めた後続に、
芝の重賞ではめったにない2着以下が大差という記録を残した。
次の舞台はG1宝塚記念。
史上最強牝馬とも称されるエアグルーヴと名牝メジロドーベル、
前年の有馬記念の覇者シルクジュスティスというG1馬3頭をその軍門に下し、
自らもG1馬となる。
秋に入ってG2毎日王冠では、
1歳下のスーパーホース2頭エルコンドルパサー、グラスワンダーと対峙し、
返り討ちにする。
エルコンドルパサーにとってはこれが国内唯一の敗戦となる。

運命の天皇賞(秋)
このレースが彼にとって最後のレースとなる。
当然の一番人気に押された彼は、
武を背にいつものごとく、逃げではなくマイペースで先頭を駆ける。
3コーナーでは後続を大きく引き離し、私を含め多くの人が、
「この後彼がブッチギリでゴールを駆け抜けるシーン」を頭に思い描いたことだろう。
しかしそれは想像に終わる。
彼は先頭どころかゴールを駆け抜けることさえ出来なかった。
東京競馬場には3コーナーから4コーナーの途中に大きな欅(ケヤキ)がある。
その大欅を過ぎたあたりだった。
テレビで見ていた私にもはっきりと分かるほどに、
彼の身体はガクッとバランスを崩した
その瞬間に彼のレースは終わった。
大きく引き離していたはずの後続馬が詰め寄ってくる。
彼は重傷のはずのその脚で、
事故から騎手を守るために、そして他馬を危険に巻き込まないために、
(私にはそう見えた)
倒れずに自分の力でコースから外れる。
その場で彼には薬殺処置が取られた・・・。
走れなくなり、稼げなくなったから殺すのではない。
非常にデリケートな生き物"サラブレッド"は
4本の脚で大地を踏みしめることが出来ないと生きていけないのだ。
この結果、彼のレースを2度と見ることが出来なくなっただけでなく、
彼の個性”絶対的な能力”
を引き継ぐ可能性を持つ彼の子供たちを後世に残すことも出来なくなった。
サイレンススズカ
彼のような馬を私は再び見ることが出来るのだろうか?

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