あの馬を忘れない
今年の春のクラッシックの牝馬戦線(牡馬戦線も)を騒がせた牝馬アドマイヤグルーヴ
「牡馬戦線も」と書いたように、本来なら牡馬クラシックのトライアルである若葉Sに
殴り込みをかけ優勝してしまうと言う、男勝りな活躍ぶりだった。
時折現れるこういった女傑たち
元祖と言うか最高の男勝り振りを発揮したのは、私の知る限りでは
エアグルーヴ だろう。
先に名前を挙げた男勝り馬アドマイヤグルーヴの母である。
エアグルーヴは3歳の7月にデビューし2着に敗れたが、折り返しの新馬、OPのいちょうSと連勝し、
3歳牝馬No.1決定戦の阪神3歳牝馬S(現在のジュベナイルフィリーズ)に歩を進めた。
まだそれほどの人気は無く(3番人気)、レースもビワハイジに敗れた(1/2馬身)。
だが翌年のチューリップ賞ではビワハイジを見事にチギリ(5馬身)リベンジ成功。
勢いに乗って桜を制するはずが熱発により回避。
それにもかかわらず、オークスでは熱発明けの不安も関係なく一番人気に支持され、
そしてレースを制し同世代牝馬の女王となった。
しかし秋華賞では入れ込んだり、骨折したりで惨敗し、休養に入る。
グルーヴに対する数々の賞賛・評価にも翳りが見られた。
しかし半年の休養後、真価を発揮し始める。
3、4歳時にも十分な活躍をしていたが、それはグルーヴの片鱗だけであったようだ。
復帰後は、まず牝馬限定のマーメイドSを制し、牝馬の中では力が違うことを示す。
続く札幌記念から性別を超えた戦いに挑み始めた。
ジェニュインなど牡馬の強豪相手に勝利し、秋は牡馬相手のG1戦線に進む決意をする。
それも、秋3戦すべてハイレベルG1(天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念)という
牡馬でもあまり選択しない、超過酷ローテーションだった。
近年、2000m以上のG1では、牝馬では通用しないと言うのが一般的で無謀とさえ思えたが、
復帰後の2戦で見せたグルーブの能力は、競馬ファンに期待を抱かせるには十分だった。
そして迎えた天皇賞
1番人気はバブルガムフェロー、グルーヴは2番人気に支持された。
期待・応援票もかなり入っていたように思う。
そしてグルーヴは期待に応えた。
直線での競り合いを制し、牝馬が天皇賞を勝つという快挙を成し遂げ、
性別を超えた能力を示した。
次は4歳時にオークスを制した時と同じ府中の2400mジャパンカップ。
日本馬の代表として外国馬たちを迎え撃つ。
さらに距離が伸びたことが心配されてか、天皇賞で下したはずのバブルガムフェローに一番人気を譲る。
しかし、レースでは名馬ピルサドスキーに首差敗れたが、日本代表として名馬に食い下がった。
人気は譲ったバブルガムフェローを再び下し、もう誰の目にもグルーヴは牝馬のレベルではなかった。
暮れの有馬記念では僅差の3着に敗れたが、天皇賞とジャパンカップで激戦をこなしたローテーションを考えたら
健闘以上の結果だと思う。
この秋3戦の素晴らしい挑戦、結果に対し、当然ともいえる勲章が贈られた。
年度代表馬
牝馬の勲章ではなく、すべての日本馬の頂点を意味する。
この勲章を手土産に引退し繁殖入りすると言う選択肢もあったが、翌年も挑戦を続けた。
ジャパンカップでまたも2着に入って力を示し、有馬を5着で締めくくり引退した。
G1タイトルは2つに終わったが、残したものはそれだけではない。
タイトル数だけでいえばグルーヴを上回る牝馬もいるが、足跡を見た時、牝馬としては史上最強であり、
牝馬と考えなくても十分名馬といえる内容。
時には牝馬という事を忘れてしまいそうな活躍だった。
こんなグルーヴも繁殖入りし、名牝としての役割を果たした。
牡馬たちを蹴散らしていた男勝りな牝馬が母になった。
初めての子供。
名前はアドマイヤグルーヴ
血と名前を受け継いだアドマイヤグルーヴが、この春見せたまさに男勝りな活躍は、
やはり血の成せる業だろうか
(*年齢表記方法は当時のまま)